のんびりPC(第2幕)

真実は自分だけが知っている

再び2値化・3値化問題と両義性の王国(5)

 

再び2値化・3値化問題と両義性の王国(3) - のんびりPC(第2幕)

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以前の私の追憶日記から導かれたことには、自由な任意の形を図と地のアグリゲイトとして並べる手法を見つけたら、おおよその画面の類型化から、原理的にはCubicな派生系かP&Ptheoryしかないし、おそらくはその両者のない混ぜになったものが、江戸版画以降の西洋式デッサンの眼を通過した後の半抽象半具象の画面になって来ると言う結論だった。

 

更に一歩進んで、具体化すると、デッサンは上図1.→2.のように、段々、形が出る様に描く。たぶん15年位前のメモで失敗しているのを無理に加工したので、つぶれてしまったが、最初は墨の濃淡の強弱のついた点で、白黒反転したギャラクシー的に当たりを取り(たぶん画家から見れば例のメッツガーの本ではこの点のギャラクシー効果だけで一々定義づけてまとめてある厳密さなので絵の話にまでは到底進まない)、次に強弱のアクセントがついた線で、陰を帯びたワイヤーフレーム状にする(影もフレーム化)。この時点ですでに形態や空間は感じられて、対象は、多角形、多面体、として考察されている(フランス風入門では、特に線のアタックに強弱をつける指定はない)。

 

ところで、自由な不定形も、それと同じ原理で、A.→B.と言う風に、まず点で当たりを取り、線でつなげながらも、全体像を見ながら、段々、画面の奥から柔らかく現れて来るように描けなくも無い。

 

そこで半抽象半具象への意図があるなら1.→2.とA.→B.の処理を同時に行うことが可能だと気がつく。点から線への処理を共通化して、デッサンのイリュージョンを追いながら点を打ち、時に平面上の不定形が次第に姿を現すように点を打つ。そのように同時にバイモードで探りながら3.のように感性的に描かれる。

 

これはフランス風デッサン入門で言えば、タッチの空間が、遂に形態にピッタリ沿わずに、分離した状態で仕上げるような中途半端な画面になっていく。しかもタッチはやがて一部が図形化して、より空間性が異質なものに転じて行くので、透過層的な知覚交替を志向する傾向をも孕む。しかし、その自由さの分、形のリズムや色などが創作し易くなるように思える。

 

これが写実の本格派からは忌み嫌われる感じだが、画面解釈としては何か相当に高度なものに触れかかっていて、どこが駄目か、駄目出しの検証を経ないと容易に捨てられない。ここにデッサンの先生のような描き方を完全マスターするまでの最初の関門があるとすら思えてしまう。

 

ところで、点で当たりを取る工夫は、バルールの無い線的な構図として考えた場合、次第にフレーム的に解釈して目印の交点を置くという風な発想に転じると、画面に見えない分割フレームを投影してからその交点をたよりに絵の具を勘で置いても良いことに気がつく。

 

もっと言えば、黄金分割線の最も簡単な目分量での探り当て方、みたいなものを駆使することで、見えない交点の効果を絶妙化できる。

 

ここからやがて、自分で、分割パターンをいくつか持ち合わせる工夫が必要になると分かる。その都度、エスキースでよいと思うが、書道的な一発描きを志向する人は、

白い画面に、割れた岩肌や、正確にはパズルのような分割線があるものと想定して、不定形や抽象書道のような複雑な線をその架空のパズルの交点や輪郭線をたよりにカーブしながら描く工夫をするようです。こうする事で変化の重複した観念的なカーブの線になったりしないようにする。しかも、一発描きで。

 

こうなるとその日の気分で刷毛を動かしていれば良く、かなり描き出しの抵抗がなくなって来るようです。ここに人物クロッキーの有機的な線が何本も捨てるように描かれ(装飾として?)、構成され始めると、どこかで見た一時代の流行でした。これは平仮名の原理だと推察していますがね。不定形も、例えば、平仮名の”な”や”む”のように左上の交点や丸、あるいは右上の離れた点のような構成が欲しいと、画面全体を平仮名に例えて分析して遊ぶこともあるようです。いきなり写実デッサンの空間に不定形が構成されていたりしたら、まず平仮名の原理かどうか?などと思想背景を眺めて確かめてから、情動的な認知的歪の表現だろうか?などとじっくり鑑賞しています。いや、順序が逆ですか。

 

このような造型芸術全般の幅の中で見ていますと、私は、抽象書道と言うものがあんまり面白くありません(笑)。これも学習障害になりかねない、高度な無国籍文化への入り口であり、科学の王国と言う夢の世界にしか住めなくなる始まりです(笑)。

 

 

※ところで、油彩画には、筆の片側を使って形のエッジを決めるような描き方を多用するものと、溝に色の線を残すように両側に土手を築くかのごとくに絵の具を重層化していくタイプと2種類しかないようです。この場合、だから際(キワ)から派生した調子のより写実風なものも含めるデッサンや、Cubicな画面の派生系になると思うが、おそらく重層化した方は、P&Ptheoryのことでしょうね。あるいはドスタールみたいにする。たぶん。詳しくは知らないが、そんな分け方しなくても、線のバルールを習って、色の線でデッサンしているだけでも、絵になりますね。その内、カラー・インターバルって考え方はあり得るかな?とか試している内に、結構、そう言う分け方の呪縛は解けてくると思うけど。テクニックとしての見せ所は、そんな所にしかないみたいですね。でもそれだと100号とか大画面は難しそうですね。どこかで見た独立店とか言うところの料理人は解決していたけど。

 

 ※Cubicは”立方体の”、の意味になってしまうから、本当はCubizmの意味として使ってはいけないのだろうか?はるか昔に美手帖で見つけたワードな気がするけど。それはまぁ、カタカナでしたか。

 

※それで、平仮名の原理は、半図形の最も進んだ形として?ここでは、その手のS字曲線風と不定形のジグザグ線風では、どちらが視線をどの様に誘導するか?的なメッツガーの本に書いてあったことの意味で言っているだけです。石川九揚的なことばかりでも無い普遍的なことです。まぁ、書道的には、漢字と漢字の間で、長く伸ばした”し”とか、行から右に外れかけたごく小さい”の”の字とかの効果じゃないかなぁ?

 

※絵の塗り方、絵の空間には、おおよそ言って2タイプしか無い風なことですが、平たく言えば、2.5Dと2Dの筆の置き方に後はバルールの押し引きが加わると、その連続性で、セザンヌ程度の写実性は簡単に実現できると言う達観した見方かなぁ・・・あんまり円筒形と円錐と球体とか、そう言うことは聞かないね。ざっくりそんなことはあるかも知れないが、装飾性の強い絵に憧れるなら、あんまり、こだわらないようだ。とにかく画においては等幅性が大事なんだから、それが調子の波状効果のカスケードなら、どこかで高低差が破綻した分、揺さぶり返しや折り返しが必要じゃないのかな?そう言う粗密の構成の中にすべては包含できるっぽいので(私自身はPCで塗り方を試した程度)、後は具体的な絵の具の塗り方、全体量から差分を勘案するとか、多く乗せて差っ引きながら描くことで、絵の具の絡みを複雑に編みこんで行くと、どうしても下地から計算してあまり動かしたり汚せないパートは、最初に確保すべきとかでしょ。そのプロセスの抜き差しなら無い質料性みたいな、乾燥速度との相談の中で、これで決めるところは決める、と言った、最低限度の技量があるんだろうね。そんなもの身についてるかよ馬鹿野郎。俺はふらふらで立ってただけだよ(笑)。そんな4手先を読むみたいなことに近いの知らないよ(笑)。

 

※あぁ(4)じゃなくて(5)だった。20:56

 

 

 

 

 

 

 

 

 

妄想OS妄想日記3

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何だか妄想に過ぎないかもしれないが、とりあえずメディアの打ち出す無国籍風文化の実像に迫ろうと考える日々。

 

超適当な上図においては、おそらく1と2によって日本人は形成されて来た的なストーリーを流布させながら、宗教枠を中心として外国人とのハイブリッド化を繰り返し、適当に薄まって分からなくなったデンゼル・ワシントンみたいなのから日本へやって来ているのだろうか?つまり3が増えていく仕組みを国家が発展しているだとか、流行の先端に躍り出た、的な誤認識へと誘導するわけだ。島国だから井の中の蛙はいるだろうし。

 

次第にコンテンツが増えていくと、こっちの国内でも、成長期をすべてポッキー的なもので育てた3風の中間人種が増加する。

 

次第に、その3風の人員増加によって、今度は、3風の人員が自ら中間コンテンツを創造するフェーズに入っていく。こうなると外国人も潜伏しやすく、文化破壊も内部的な需要に近いものになって来る。

 

1.2.3.どのタイプにもマフィアなどの混血児はいるだろうが、これが国境を越えて植民地にやってくるイメージだ。

 

しかし、平和憲法護持の弱体化の為には、A.の方へと近づけて低レベル化を促進していると見るべきだ。そこで中心核に相当するのが、例えば現代東京の平板で甘すぎる食べ物があるのだろうか?香りが弱く、重層化しないでつぶれた感じの化学調味料をふんだんに使ったコンビニ・フードだ。最初は美味しいと思うが、似たものを自分で作ると、やっぱり違うな、と思い飽き始める。

 

2520年はレストランに行かないので、自炊中心だとそれくらい一瞬でまずい物を見分け始めるのですよ。別に不思議なことじゃないです。それほど贅沢でもない。キャベツばっかり喰ってるし。レトルト・パックの料理の素を使ってばかりだし。

 

どんな食べ物がどういう風に身体に作用するか?は、自炊しないとたぶん一生自覚できない。だから自炊メニューで筋トレするのが一番の贅沢だと中年も過ぎて気がつきました。その方が原始人の感性だ。

 

 

まぁ、上図を考えていての結論としては、現代は、例えはドラビダ人のアルビノが結構白人に似ているとどこかのサイトで見てもすぐ納得できない。イギリス王室の血は、インド人由来の遺伝が極々微量とか発表されているから。

 

独裁国家でもしかしたら先に白人のルーツ研究だとか遺伝子編集で3.の人種を作る研究をしていて、連れて来ている事さえあるかも知れないでしょう。連れて行かれるばかりとも言えない。もし、そこにマフィアが絡んでいたら?どうしてこの国は外国人に勝手に関ろうとした日本人を潰すことがあるのか?3.は未来永劫管理されるのか?また、原日本人も同じくしたものか?例えば、もしアルビノの学説リークが敵国からだとしたら?などと妄想は尽きないが、そう言う学説を述べるサイトに迷惑をかけるのでやめる。まったく関係ないのであしからず。

 

まぁ、誰が一番、インディアンを嫌いやすいか考えないと。

 

 ※今回も、コロッケ、アジフライ無し。中間コンテンツテイストに。いやぁ、ロシア人とは合わないよ(笑)。

 

 

妄想OS妄想日記2

何とはなしに音楽を逆円錐に例えて夢見ていたら、ではミンコフスキー時空の図で下方の円錐に相当する過去への投射は無いのかな?と空想たくましくした。

 

それは、底に当たる頂点角近傍を仮にも振動と読み替えて1次元的と規定したのだから、減った次元の分、エネルギー量か、もしくは何か他にも逆比例的に充当分があるかな的な。

 

思うに、それなら三半規管だろうな、と。それで、そう言う場所のエネルギーと交感するシューマン定常波的なものに由来する何かとか。また、運動記憶だとか、ダンスKJ法的な冗談も共時性として。そしてその結果、並行的に脳の中のホログラムとしてある過去の運動の痕跡とその記憶がもたらす自我意識の拡張された状態。肌を撫でる風の感触として、今、そちらには足を伸ばせない、だとか直感で得られる気配。実際には、障害物と自分の身体の姿勢制御が関係しているのだが、反射的で無意識的なので、どうもその瞬間には、風か何かとしか感じていないもの。そうしたものの記憶の感触としての質、クオリア

 

(どうして内廻し蹴上げの後の掌底風フックでずっこけて転んだら、あの時のペルージャと同じだと思ったのか?)

 

そう言うものを記憶空間に環世界として我々は音楽を聴きながら同時に抱いているのだろうか?音が色めきたつ時、そう言う運動の錯覚も得ているのだろうかね?視覚における段階変化やグラデーション効果のように。球面放射の式が音作りでも有効だし。感覚のスケールが等比級数的なのは有名だ。

 

そうなると、西洋音楽に慣れ親しむことは、視覚に例えると、これは黄金比にどっぷり浸りきるようなものとも考え得る(いや、私のつまらない人生経験を頼りに言うんですが)。

 

そこで、白銀比が歴史的に意味のあるものだといくら学習していても、間の概念について熟慮するまでは日本文化が理解しかねるほど退屈なものに見えてしまったりするのだろうね。それは日本文化に対して一種の学習障害をもたらすだろう。成長モデルである親や教師に反発する時期だといわれるかつての2次反抗期のようなものがもっと顕著に軌道を逸脱した状態に近い。

 

私の場合、もしかしたらこれがある意味で精神病の素因だ(環境因子ではあるが)。例えば数学雑誌には、時折、音と画の数理的な変換コードを見つけただの何か連載があったりするでしょ。それはごくつまらないものかもしれないが、神経の作動の仕組みを考えても、脳の内奥のどこかにおいては合理化されて同じ作用機序で快楽を得ているはずだ。あるいは発生学的に元は同じ神経だ。それを考えると、少なくともある種の音と映像においての快楽信号が共通性を持っていて、特定の環境適応がもたらす遺伝子コードを強く刺激する可能性はあるのではないか。

 

ブラウザー仮身を貼る(プロパティにフィボナッチ級数Google検索URLを指定して)ー

 

例えば、ヒマワリばかり見ていたら、フィボナッチ級数ばかり愛好するかも知れないでしょう?音楽でのその手の偏愛が絵の方に股越えして背景で影響することはあるか?との可能性を問いたい。空間認識と言う意味で、また歌詞などの言語などの次元で、2次的3次的に脳内処理は前頭葉や側頭葉で集約されることは明らかなのだから、これはかなりのレベルで影響するはずです。もちろん想像だけどね。

 

ーロボット学会人工知能論文のPDF仮身を貼るー

 

つまり、私が背信行為が過ぎるフリーライダー的な人間と言うわけでもないのじゃないか?と言い訳をしたいのが本音です。諸事情に関して。また特に美術での珍道中について。昨今は、日本の文化を発展させる為には、それくらい警戒していないと難しいのだと思います。私はそう言う意味で、美術には向かないですね。外国の文化を移入するのなら、直接外国人の教授を招いたり出来る時代みたいなので。タケシの番組とか見ていると。これが傀儡国家なら、インディアンの言う通りにはならないよ、と、見えてしまうので(笑)。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

妄想OS妄想日記

ータイムスタンプから今日の日付掴んでぽいー

 

まったく分からないが、音楽のことを考えることがあります。

 

本日は、スタジオ製作のマルチトラック録音と言うのは、これは親の背中に乗る赤ん坊、の状態だ、それに似た音響じゃないか?

 

と自分の一個162円のユニットから鳴る音楽を聴いていて思いました。

 

調度ミンコフスキー時空のモデル図のような逆円錐を思い浮かべていたのです。下からはあんまり無いと思うので、過去の投影像は無しになりますか・・・。

 

まぁ、低音は指向性が無く、高音はそれが顕著だろう。それでなのか、昔のZガンダムの曲の始めなど、第一楽章など、鐘(金)の音がつくバージョンもあるでしょ。何と呼ぶか知らないけど。認知的歪を取り入れて知覚交替を起し、フレーズの行き詰まり感、つまり飽きの様なもの、あるいは寂しさ、みたいなものを帳消しにすると言うか、目先を変える働き、なのだろうかね?

 

ー以下、仮身化して開いた仮身Zにー

 

まっさらな新しい大きな白い色面を一度前の絵を消すように置いてから、一から構成し直すことで、新たな構成を前の絵に参加させ、フレッシュな感じを再び呼び込む工夫と言うか遊びに似ている?どうせイキナリ3,4割壊すなら、剥がすでもなく、3,4割新たにキャンバス地的な要素を貼っても良い?PCなら特に。

(まぁ、そこまで大きくはないでしょうけど。)

 

ー開いた仮身Zおわりー

 

母親の背中にでも乗っている赤ん坊は、唾の音など良く聴こえるでしょうしね。高域がビリビリ来るだろう。低域は、揺さぶりだの地鳴りだののような1次元的情報だろう。そして嗅覚を連絡させそうな贓物のパイプ音にでも近づけば、背中伝いの心音だの発声だの2次元的な拡がりにも相当するだろうか?

 

さてところで、それでその着想に基づき検索すると以下がすぐにあった。

 

”情動と音楽の起源―情動の進化と脳機能”

慶應義塾大学名誉教授、理化学研究所 脳科学総合研究センター客員研究員、山角病院 精神科 勤務医

川村 光毅 Koki Kawamura

 

で、上記を参照していましたら、あれですね。この扁桃体を壊されたメダカの軌跡、私もこうですかね?辺縁系に傷があるんだから、集団ストーカのいびりに応えてがなっていれば、そうなりますね。ちょっと音楽からは脱線しますが。

 

ー”集団ストーカ”の窓へ掴んでぽいする予定の仮身Xー

 

もちろん、原因は政治派閥の違う朝鮮系カルトなどの性だと思いますけど。

まぁ在日系の格闘技が全部マフィアの息がかかった派閥でもある、と言う認識から推論するとそうなります。その路線から、芸事全般に関る創価学会などが浮かぶ。もちろん、断定はしていないが。

 

ロシアロシア言ってますが、共産党は支持しません。それでやっぱり、マフィアの派閥に嫌われて共産党化を押し付けられているのだろうけど、私は、やっぱり、肌色パンツの巨人など赤化にしか見えない。股間が影などマクロスのキス解禁からすると妙だ。

 

変態が全体主義の禁欲を受諾することはあり得ない。幸か不幸かそうなのだから、これは治すものではない。自分の特性として受容するものだ。別にそれでも現在や未来が変化するとも思えない。過去からすれば、治そうとしたりして生理機能持ち上げだの美人局だのくらいかねなかった。つまり、人格のハンチングのネタにされるだけだ。ここは一つ、宣言しない。定義づけしない。で、逃げ通すだけだ。

 

そうすることで、共産党だけは認めない方向で。つまり、現在の権利は一切失わないで維持し続ける。戦時にもなり抹殺されるその時まで。

 

ー(仮身X閉じる掴んでぽい)ー
ー仮身”集団ストーカ”の窓閉じるー
ー(元ウィンドウへの知覚交替)ー

 

しかし、アメリカ人はベイビー、ベイビー言ってるよね。音楽の中で。またラジオでも。あれなんだろうね?思うにオーディオ装置とセットだよね。この軽音楽などの戦略は。それでかつてIpodソニー等の携帯音楽プレイヤーは負けたんだろうね。コンテンツ・メイカーとして日本人では説得力が足りなかったのだろうね。何かと似ているね(笑)。

 

いや、創価学会がマフィアだという声も音声送信では聴きます。ユダヤ系だと書いているのもあるけど。どうでもええわ。例えば、尻とか言われて音声認識使う気になりますか?

 

(まぁ、でも政治派閥は貧乏な方に擦り寄っても良い事なさそうだよね。)

 

ー仮身Z閉じた仮身にして仮身複写し美術のウィンドウにー
ー(サイド・ウィンドウへの知覚交替)ー
ー仮身”脳科学”開く仮身”松澤大樹説”を確認ー
ー仮身”松澤大樹説”仮身複写きりとりー
ー(元ウィンドウへの知覚交替)ー
ー検索についての行に仮身”松澤大樹説”を参照リンクとして貼るー

 

まぁ、嗅覚についても検証はしてみないと分からないけど、しかし、ゲイ香水のカルバンクラインと来たらないねぇ。考えられるかなぁ?柑橘類と言うのはクエン酸の幻臭ですよ。つまり、梅干を見ると唾が出るというパブロフ的なスイッチの入る。でも、花の香水もね。性フェロモンの幻臭でしょう。腐敗臭につながりが良いのが花の匂いとかインドのガラムたばこ的なのとか、考えたら、腐敗臭慣れするだけだし(笑)。誤学習こわいね。

 

それで、ハッカ油とか食べ物だしね。トイレには使いにくい。

 

まぁ、フラワーローズ→シトラス→アクアマリンみたいにプライオリティーがあるね。ダイソーの芳香剤を小瓶に入れて鼻の前で嗅いで見ると。もしトイレに使うなら下のプライオリティを使うべきだな。シトラスは食べ物なので除外で。花も変。混ぜる?

 

(はぁ、寒い日記だな。)

 

まぁ、でも美術系は青年期の盛りに我慢してヌードモデル眺めているわけだから、それは変態もいるでしょ。必要投資じゃないの。社会の。そんなに俺ばかり追及されても意味が分からない。

 

まぁ、孤独にもなれば絵なんて、全然、爪に火をともす状況で自炊ともなれば、それは毒物だから難しいわけですよ。木彫でもしてみるかな、的な方向が妥当だとしか思えないね。あからさまに機械組み立ててると睨まれそうだし。自分的にもキツイ。

 

でも、この故障だらけの年齢で、筋肉と骨しか興味ないみたいなルネッサンス的な美術解剖学とかあり得ないね。そろそろ医学でしょ。医学。骨の一つや二つ壊して治しきっている年齢だ。その仕組みの方が不思議だ。

 

美術もね。彫刻からやらないから、いつまでも同じなんじゃないのかなと思うし。頭の中で動かせないと、格闘技や人助けにも参考にならない。描いてそうなるのって、スタジオが要るね。そんなものないのなら、そんなこと出来ないということだし。

 

何時までも力学系人体構造しか言わないのって、絵描きだけじゃないかな?柔道家ももっと異なるところを見ているだろう。肌質とか毛穴程度はこだわるかも知れないが。

 

ー仮身”永遠の二十歳”について参照ー

(続く)

 

※鉄琴かな?

 

漢字奴隷からの脱出

ポルノを見ると、翌日、日照にさらされた時など眼がチカチカする(射精行為に及んだ場合)。

 

これは、疲労からだ。前は亜鉛を取るべきだと主張したが、これはお笑い種でもあったことに気がついた。確かに単独では最も効果があるものの一つだけど中年以降にならないと自覚できない程度の効果。

 

ロボットとの戦い - のんびりPC(第2幕)

(勝手に外国の記事を紹介しちゃっている風だが、まぁ、いいや。)

 

 

と言うのは、近日、牛肉を食べ続けているが、こうなると、まったく、もし淫りがましいことに及んだとしても、以前ほど疲労しないことに気がついた。

 

世界中で種馬男や絶倫男の逸話がある地域は、牛肉を食べている。牛肉のテストステロン値への寄与はつとに知られている。

 

(これは驚くべき高栄養価の食べ物です。しかし、世界中で牛肉を食べると、欧州ですらその餌であるトウモロコシの供給が自国でまかない切れないんじゃなかったか。1にアメリカ、2にアメリカ。3、4がなくて、5にアメリカ、の農作物にかかっている。二酸化炭素排出量の問題に絡んで牛のゲップが話題になるが、牛乳は例え屁をこいてでも飲むべき価値のある価格と栄養だ。ケツが閉まっていれば別に屁など問題ない。養老孟司の牛乳嫌疑論は学者の世界。あるいは絵描きの世界。それとも書道家?)

 

前にも書き、そして喚いたが、牛肉を食べていると関節が強い。とにかく骨が硬い。筋肉がすぐつく。そして体臭は臭くなる。血中アンモニア濃度が上がるからだ。ここに来てさらに、絶倫になりたければ牛肉を常食しないと駄目なことが判明した。

 

(一体、俺の人生は今まで何だったのか?70年代後半の日本の食卓や伝統食に近い傾向の食事しかしなかったから、そんなことも知らなかったのだ!東京はコンクリート文明だから伝統食にこだわってられない、と言う人は、韓国のヤクザなのか?程度の認識だった。)

 

ところで、一般に身体が柔らかいことは女性的な要素とされている。

 

しかし、ボクシングやマーシャルアーツを見れば東南アジアや南方系中国人など、特に柔らかい。

 

何度も身体を壊しているようなものだから、そうなるのだと素人考えでは思う。再生力が高いのだろうか?などと。

 

しかし、身体はテストステロンで固くなるので、もしかすると、身体が柔らかい動きが得意なのは、もともと牛肉を常食とせずに生きて来た前近代的な世界の事情に由来している可能性がある。もちろん、有酸素運動や持久力、また長寿と言う意味では、むしろ先進的な食事傾向なのが昨今の事情だが。

 

私は、長らく、男やもめにうじが沸く状況さながらだったので、男性は、時々、牛豚合い挽き肉を食べないと駄目なことも小学生以来、忘れ去っていた。下手すると、150グラム足らず、コイン2枚程度のもの、何故、調理しなかったのか?

 

(そう言えば、中学生の頃は我慢するのが大変になるから牛肉は日本文化おさらばの食事とまで言っている人がいなかったっけ?)

 

昔、怪力自慢の人が、私の目の前で、スーパーのひき肉のパックを卵ともどもボトル風のタッパーに落として、クレイジーソルトを入れたあげく、しまいに蓋をしたら、後は腕力でシェイクするだけでハンバーグの素にしました。しかも片手でした。ほとんど食器は汚さずに後はフライパンに落とすだけ。食パンに挟んで食べていたよ(笑)。

 

それは20年位前の話だけど、実は、私は、それ以来、何かおかしいと思い続けていました。何かが私の周りはおかしい。弱体化した奴らしかいない世界に住んでいて、突然、差別されたからと言っても、建築現場で働くのは体力がついて行かないレベルだった。その時は出来ても、1年2年、いや、半年ですら続く体力はなかった。

 

観念的に頭の中だけで、国民の義務なんだから社会人は働くべき、と言われても、無理だ。

 

無理に決まっている。ゴミ掃除か土建しかないとか。ゴミ掃除も、俺が喰えない物をビンの底に残して捨てているのだから、見るとまだイライラして来る年齢だ。

 

まれに野次は飛ぶが、たまにジョギングしないと、女性化、老人化、弱体化、が止まらない。野次を飛ばすのはもうその人の自由と解釈するしかないね。一切、無視しないと私は生活が維持できない。

 

現在、私のフリー・テストステロン値は40代としては普通に近づいている(日中変動が大きいので正確な値は推測でしかない。)しかし、前は60代平均前後だった。その頃は、肉離れ、関節痛、皮膚の裂傷、爪の破損、性的能力の低下、回復の遅れ、などに悩まされ、おかしなポルノを見れば、すぐ感化されて、乳輪がすぐ肥大化する、屁が垂れやすい、など、女性化が顕著に起こりやすい状況だった。内在性オピオイドにやられ易いのも何かテストステロンの閾値があるね。閾値を切ってテストステロンが低下すると、上記症状が出て肌が白くなったり柔らかくなったりもします。低栄養化で容易に関節症になってしまう。

 

2011年、あの時期、いくら福島だの言っても、おれを精神科に入れたのは頭に来るね。おれは家族を助けようとしていたのに。おかげで、現在、脂肪肝になったよ。精神科は悪の巣窟。精神科医は投獄すべき。あの時、都に訴えて出してくれそうになったが、副院長に騙されてもみ消されたんだよ。都は、カルテなど調査をします、と許可してくれた。それを病院からじゃなくて、単に隔離室から出してやることにすり替えられて取り下げることにされてしまい、また大量投薬で頭が”ぐでんぐでん”で、同意させられてしまったんだな。せっかく石原都知事のスタンプで着たのにね。渡部和成はそれでうそ臭い自著を病院の窓口で売っていたけど、買うわけ無いだろ、どこまで厚かましいんだろうな?と絶句したものだよ。本当に反対いびりして人格を破綻させるほどのストレスの塊にしてしまうんだね。当たり前の行動が不可能になるほどの怒りの渦で、いきり立っていると、精神症状だ、あれが陽性症状だ、と投薬して喋れなくする。ますます怒りに震えるが、悲しいかな、精神科の薬を飲んで爆発していると、神経が鈍磨して、小学生が喚いているみたいに簡単な言葉しか出なくなってしまうんだね。悲しいが、これがカトリック、ひいてはユダヤやアメリカ人の派閥の正体だ。本当に縁を切れれば切るんだけどね。

 

そうやって、ちょっとずつシステムは遷移して、人格や実は性格までもが変化して、深度が深まったりしていく。もう、元の神経の繊細な私は居ない。しかし、それも、鶏豚を良く食べ、魚が好きな程度の暮らしの産物だ。捨ててもどうでもいいものだ(魚が食えている限りはと言う意味)。素晴らしいが、しかし、所詮、日本文化に過ぎない。ここは敗戦国だと言うことを自覚してからしか始まらないのは、今も同じだね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こんな程度でいいのかな?お前単にマフィアかよ(がっかり)

近日もやはり市街地上空を低く飛ぶね。

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しかし、シャッターも押したし画像も保存されたのに、航空機のみまったく写っていない、ということも2回くらい経験しました。でも撮影時にファインダーを覗けないくらい突然に現れたので、アバウトにその方角にカメラを向けただけだ。事態を静観しなければならないが、しかし、いよいよ量子光学迷彩が高度なレベルで存在している線でモデル化して、それとの対照で社会を眺めても良いレベルだ。何が不都合があるか、検証して精緻化すれば結構うまく説明できそうなくらい、そんな技術の存在を確信しているつもり。

 

だって、こちらの想定の上端は物質転送技術なので。量子迷彩程度あったとしても妄想ですらない。私の主張の本質は精神医療というケージに閉じ込められたことへの報復戦です。これはあり得ない。教えながら潰すとか。生殺しだ。銃殺でも良かったくらいくだらない世界だ。絶対に許せない。宗教思想が異なりすぎる。

 

 

 

 

 

 

 

 

霊脳夜話(2)

進撃の巨人は自警団風だが、マクロスは異星人との戦いに備えた地球統合軍である。荒野の野人と戦うのではなく未知のハイテクノロジー文明が相手だ。

 

リン・ミンメイなどと言うキャラは居たが、皆、自らの為に戦っているので、漢字を使っていても漢字奴隷は皆無な感じがして格好良い気がする。

(私は言ってみればマクロスの世代なのだ。合体メカではなく変形メカの世代に入っている。)

 

ところで、人間は言語観念と言う見えないケージの中に居るが、トランプ様がそれを見えるようにしてやろう、と言わんばかりに、今、壁の建設が方々でブームだ。

 

我々は、皆、国家やその他の、言ってみれば社会集団と言うケージの中のモルモットなのだ。それ以上のことなど、メディアで知る程度だから、本当のところは何につけても確証が無いものだ。

 

かつて、そんな我らが島国に、霊長類たる人類種には共時性が見られ、野生動物にはそれが無いとばかりに、ナチスのごとき白人至上主義が(アジアを)侵略しようと試みたのだろうか?と史実を誤読(?)してみたくなる。

 

共時性と言う概念は晩年のユングにおいて提唱されたようではあるが、もしこれを仮に軍事テクノロジーの一種でもあると解釈すれば、これが為に幻聴と言うケージに閉じ込められた歴史上の数多の患者の亡霊が、私の背後で私に味方をしてくれるであろう。

 

私の人生は何故か電子戦の最中に巻き込まれてしまったようなのだ。今も、そしてこれからも、電磁波という見えない世界を概念化するという困難な道に入り込んでしまった。

 

私はもう言うほど後がない気がしている。これからはこの問題とばかり取り組むのだ。

 

 

 最近は、ディスプレイケーブルに送信元との十数秒程度の遅延を見ました。受け手のモニター側で内臓グラフィックボードの水晶発振器のクロックサイクルが外乱的なパルスを拾った可能性はあります。それで、受信側で送信側の映像が十数秒遅れて表示される奇妙な事態となった?電灯線のノイズの線も疑えるが、時空がねじれたみたいで奇妙だし、途中で信号がバイパスされて誰かあずかり知らぬ人にメモリーされている気分になる。

 

※文章のおかしなところを改めるべくオレンジ色で括弧を付け足す。 やっぱりボケていて冷静じゃない気がするが、認識の死角を作る神経かく乱があるとも言えるし、それは記憶を飛ばすタイプのものと同じだとも考え得る。ともかくも悔しいが、しかし、頭は回っているのだから、書くのだ。書き、そして死に、それでこそ人生。2017/06/20 いや、そんなに書かない。そんなつもりも無い。2017/06/20