のんびりPC(第2幕)

真実は自分だけが知っている

私は人間は矯正できないと言う立場ですよ

やはりカルトに囲まれる傾向が強いと感じるのですが、それは、すれ違いざまなどに、まだ私に、”分からない”と言いたがる人が多いからです。言ってくる距離は離れてきました。もう、反応したら、こちらの過剰反応になる距離にはなって来ました。ただ、いつでも元のように出来ると言う威圧は変わりません。

 

私が美術をよく知らなくても、私は何年も継続して描いてないのだから、例えそうだとしても、だからと言って気に病むことではありません。なのに、”分からない”は何のためなのでしょう?

 

私は、人生の比較的早期に美術を周囲のクラスメイトなどに薦められたのでその気になったのです。でも、それが、カルトの誘導かも知れないと言う気持ちもあって、心境は今でもすっきりしないものです。

 

ずいぶん成長してから、社会人大学へ行きましたが、これが私の人生を難しくしました。私は、精神医療があまりに酷いので本当は陳情しに行くのが目的で、運が良ければ多少の心理学の知識も拾えるだろうと言う目算で、福祉学科へもぐりこんで見ましたが、失敗でした。もちろん、筆記試験では、福祉に興味があるふりをしましたが、当然ながら、まったくウソでした。落とされないための予防線にすぎません。

 

内部では、差別的な目に何度か合い、また、明らかにそうと分かる神経かく乱をその時期から経験し始めました。当時は知識もないし黙って耐えるのみでした。

 

私も体調が万全ではなかったし、多くは言えないが、障碍者にしようとする暴力団に類するものの圧力、カルト教団と思しき者たちの圧力をまれに受け続けました。もちろん、最も腹が立っていたのは教授陣からのアカハラでした。アカハラと言うのがあると授業で教わってからそれを受けるのだから、これは本来なら、胃痙攣でも起こしているレベルですね。胃痙攣は、高校生の時にすでに起こしかけたが、比較的私は胃の方は強いみたいだったので、その時には胃には出ませんでした。毛が急速に一日に120本~200本以上抜け始めて困ったりはしましたよ笑。

 

その後も、そこが福祉学科だったために卒業した後も、発達障害か何かで入れたのではないか、と言うような目で見られているのか、にまにま馬鹿にされて苦労しました。私はこのために、多少暴走して私の能力の証明をする必要に迫られ、無茶なことをし続けました。

 

今でも、嫌がらせがやまないので、こういわざるを得ません。

 

大学卒業資格は、別に返上してもいいですよ、と。なぜなら、私にとって、これはまったくマイナスだからです。

 

私は、福祉など全然やる気もないし、精神医療サバイバーになりたいだけです。今考えると、マイクロ波か何かと疑いたくなるような強烈で最悪な頭の異常の後に、レボトミンと言う強力な薬と、日本社会史上例を見ないほどの奇跡的に短い2か月半くらいと言う入院期間で再び社会に戻って来れた折、家族の希望で社会人大学に行くことを考えたのです。これは実際は、こう言ってよければロボットの様なモノでした。まったくむちゃくちゃに壊れた後に、投薬されて、臭いもかげず、普通の能力も発揮できず、発話能力も奪われて、耐えるのみ、言うことを聞くのみとなった人生でした。でも、まだ、ぼんやり思考能力や、少しだけ文章を書く能力も残っていて、それも改善すらしていたから、まだ、普通の人のふりをしようと懸命でした。この取り決めの為には家族内で喧嘩がありましたが、絶望的にフラフラながらもまだ兄弟の顎に前蹴りが飛ぶ状態でした。

 

福祉学科へ通ったことは、今でも後悔しています。内部で、私の言葉遣いまで矯正しようとする圧力がありました。私が健常者であることが許せない者がいるようでした。

 

しかし、私は耐えました。そして、耐えたのですが、それから、15年以上の間に幾度も酷い目にあい、そこで、福祉にまったく興味がないと分からせるために、奇行を繰り重ねた後、何度か不当に入院させられて現在があります。

 

皆さんは、何が許せないのでしょうか?私は、一生懸命、陳情していますが、依然、取り巻きが私に、消すよ、などとリアルの囁きをかけてきます。

 

例えば私が、モラルハザードなのにそんなところを卒業して、3000円払えば、卒業生として、おそらく今でも大学の図書館を1年間利用できたりすることが悔しいのですか?

 

そんなこと可能と書いてあっても、嫌がらせがあるのがオチですよ。そうそう利用できないでしょう。また、何度も若者に迷惑をかける気はない。ただ、精神医療が許せないから、一度は邪魔したって別に良かった。でも、自分からもう行かないよ、などと掲示板に書き込んだしな。

 

勉強したのは私だし、大学の卒業資格が無くなっても、おそらく人生はまったく変化しないでしょう。むしろ、池沼みたいに対応されなくなって良い。だって、いい加減な授業でしたしね。すべて出席しているだけでAですよ。提出物を出せばS。提出遅れでBと言うのもあるでしょうが、まれにテストがあっても、義務教育の公立中学校で言う2年生の中間テストくらいの難易度(2択とか3択みたいな)と量のテストを年に2回、受けるか受けないかですよ。それ、5科目じゃないですよ。一科目の話。そんなの一度に何科目も重ならないから。百数十単位とれば、論文書かなくても卒業は出来たと言うだけですよ。

 

卒業アルバムだって、私の知らない間に撮り直しになっていて、私は知らない内に、病欠欄で印刷されていました。そんな事態なので、別に良くないんですよ。頑張ったのに逆に池沼みたいに疑われるので、こんなことは今でも出来たりするし、考えられるんだよ、とブログで見せないとならなくなりました。真面目に破壊的に人生を失いました。

 

 

こんな目に合わせる奴とは、一生かけて戦いますよ。

 

全然、大学に通ったことが自慢になっていないの理解してくれないのですね。確かに、酷い発症の後のあの状況下でもほぼ毎日通った。年に1~2回遅刻するようなルーズさはありましたがね。4年間では、1、2回欠席したのもあったかもしれない。でも、それだけですね。後は、普通にただ通った。病気の私がですよ!!!

 

それでも自慢にならないのは、授業が、実際の精神保健福祉士などの専門的な授業にはタッチしていないし、また、学問のロジックが、すべて、それ以前に学んでいた美術の予備校や専門学校の良い知識などに比べたら、単純すぎて馬鹿馬鹿しかったからです。

 

どれくらい馬鹿馬鹿しかったかと言うと、油断していると受けた授業と同じような内容が、数年後にテレビで無料で見れるのです。馬鹿馬鹿しいでしょう?泣けてきますよ。全部私費ですからね。まぁ、少しはそこでないと分からなかった知識もあるのかも知れないが、ほとんど私には、教えてくれなかったのでしょうね。とあるゼミの助教授など、囁きに耳を傾けていると、親がこの程度なのにこれにそんな知恵をつけたら家庭が波乱になるだけ、とのような意のことを他の社会人学生と話していたのではないか。と言うような記憶もあります。

 

まぁ、もっと具体的に言うと、大学生は微分を使うものだ。美術の知識も本当は微分くらい必要なレベルに触れている。対数変化と言うのを最低でも理解しないとならないし。それが福祉系の授業は、余計な関係者に取り囲まれているからか、そんなものすらないレベルだし、まれに標準偏差くらいはあるが、私は神経遮断薬で頭が回らないので統計の授業は逃げたし、とにかく大学レベルの内容が乏しかったので、本当に悔しいものなのです。まぁ、まれに黒板に微分の式書きつける先生いましたが、書き写すだけですね笑。どんなにレベルが高くたってテストが中2の中間試験の量とレベルなんだから笑

 

意味ないですね。

 

大人しく耐える社会性くらいは持ってるよ、と言うだけ。

 

後悔しています。考え続け、全科目をリンクさせて考えたのは、公共図書館BTRONの力。大学はむしろどちらかと言えばBTRON否定派閥です。そこだけは誤解しないでくれ。あんなものを使っていたのは、本当に俺だけだよ笑

 

むしろ、患者の精神をばらばらにすることに全力をかけていた奴らだから、福祉系の人は今でも敵です。