のんびりPC(第2幕)

真実は自分だけが知っている

映像送信技術等についての警鐘

昨年の暮れ、ある時、夢を見ました。厚めの眼鏡をかけたケント・デリカットの顔が闇にゆらゆらと大きく浮かび、アニメのような女の声がしました。

 

「教えてあげるよ、こいつが私たちの本当の敵だよ!」

 

と。

 

すると翌朝、ネットで新聞記事を見ていると、今度は、ケント・ギルバートが、日本は悪くない、とする論戦を繰り広げていました。

 

私が言いたいのは、音声送信以外にも、映像送信があると言うことです。そもそも80年代後半ごろだったか、ホセ・デルガード氏などの技術を発端とし、ソ連で完成していたと言われるテレパシー通信技術には、映像送信もあったのではないだろうか?

 

ひるがえって昨日は、夢うつつの中で、禁欲の言語観念と性に関する生理機能の高まりが同時に沸いて起こり、次第にポルノのイメージに流されていました。

 

どうと言うことなく朝は起きたが、考えてみると、映像と音声でばらばらの内容を送信されると、行動の一貫性が崩れやすいと言うことはないだろうか?と着想した。

 

統合失調症は思考と行動がバラバラと言われるが、こうした技術に原因を求めるのなら、映像と音声、もしくは、生理機能レベルと大脳レベルで異なる相反した内容を送信してきている為であるとも、容易に考えられる。

 

私にしてみれば、筋トレをしている時に”かわいい”ものに注察させようと仕向ける女性通行人の集団ストーカや、夢見の中でポルノ映像の送信が起こるなどである。ポルノ映像の中で、小島よしお風隊員の声が、そういうことするな、的なことを囁いていて、一つの行動指針に従うことが出来ないような状況にしばしば置かれる。

 

これを打ち破るには、自発的な強い意志が必要であり、これはかえって動機づけとして機能することが明らかである。つまり、洗脳の一種として、まず葛藤状態に置き、それを打ち破る強いストレス回避行動を利用して、その人の方向性を操作できまいか。

 

十代なら、次第にポルノに負けて、不良ぶってみたりするのかも知れない。

(私はもう大人なので、この技術の発信元と直接闘争したい)

 

前にも言ったかもしれないが、近隣の路上には、どうやら子供の前でも●ナル、●ナル言ってママ友と会話する幼い子を連れた母親が出没したりする。

 

結局、こうした技術が本命技術であるのなら、言語観念で多少、やたらなことを発言したからと言って、すぐにも人格は破綻しないと言うことの証拠ではないだろうか?

 

性に関する悩みは誰にでもあると言われる。ところが、世の中には、いくらフロイトのような性の話ばかりする精神分析の本があったり、フェミニストのように女性の立場を擁護する為に女性の性的な境遇の話をしたがる学者めいた人物や、性的マイノリティーの活動家がいても、精神科に行けば医者は、患者の性の話は一切聴かない。

 

(それどころか、状況は詳しく知らないが、性同一性障害の治療を行っているはずの埼玉医科大だったかでも、かつて末期がんのニューハーフを治療放棄して見捨てるなどの事態が起きたことがあるそうだ。)

 

まれに聴いてくれても、何か答えてくれたり説明してくれると言う事は別にない。まず言って、普通、嫌がるし、一般人にその話をしてしまった後で、たいした反応が得られずに後悔した時と同じような感慨を抱くだけである。一切、個人的なエピソードは真面目に聴かないし、特に性に関する問題は精神科医に限らず、たいがいの医者は無視するのが普通である。

 

おそらく、社会の淘汰圧を尊重して、子減らしの機能もあるかも知れないのだから、性的にこじれた人を救う必要はまったく無いと言う判断であろう。生命の危機に直接関係がないし。

 

このように、いくら米国発の狂乱ポルノやその他さまざまな性癖の海外発信ポルノが簡単に見れるような世の中であっても、実際には、性の問題に熱心な医者はほぼ皆無なのである。米国の診断基準マニュアルに従う日本の精神医療の実態がこのようなことなのだから、運悪く患者となってしまった者は心しないとならない。

 

前回、白人のテムポ主義の精神医療と言ったのはこのことでもある。

(別に女性の身体で言っても良いが、テムポの方が分かり易いであろう)

 

ここにカルト教団が関与して美人局をしたり、マイクロ波など当てたりと、人格レベルの荒廃を狙った工作を仕掛けているとするのなら、これは本当は、医者にかかっているよりも、戦争をすべきなのである。いわゆる国家間の戦争でなくとも。

 

すぐさま戦争をしなくとも、自主独立路線を貫くための核武装に匹敵する強力な兵器開発を日本もすぐさま敢行しなければならないと本気で思う。そのように人間が簡単にロボットのようにブレインジャックされかねない技術が各国に存在する状況下では。

 

いつまでも左翼にまかせてはいられない。