のんびりPC(第2幕)

真実は自分だけが知っている

嘘で塗り固められた米系学派との闘い

もう、随分と周囲は静かで快適だし、精神に悩みもなく、精神科も精神病患者もとくに興味ない。

 

症状が改善している患者なら、その後どういう人生を選択するのか多少興味はあるが、ここに詳しくは書かない理由で、自分のケースと比べてもあんまり参考にならないだろうから、別に聞かなくてもいいか、と思う。

 

テクノロジー犯罪について、本気で精神医療も含めて敵とみなして戦う気がある人になら会いたいが、そういう人は残念ながらいないようなので、困っている。

 

私は、サバイバーにしか会いたくない。精神障碍者の立場から発言するとか言うのでは、国にぶら下がり過ぎていて、ややこしい。

 

まぁ、それでも認知症の恐怖と言うのはあるからね。何歳くらいで他の患者がいかれ始めるのか、知りたくはあるが、入院させられたところで見た患者を考えれば、70代、80代は、認知症と紙一重だと思っていればいいのだろう。

 

それまで生きのびたりしないように運動でもするべきかな、とか、考えたり、ポックリ死ぬのは理想だよなぁ、なんて考えて、冷水を浴びたり、高カロリー食を平気で食べたりしている。

 

まぁ、まれに、それでもヤジが飛ぶことはある。ケツが・・・、と呟く外国籍のアジア人風の若者が現れることがある。肛門性交者が嫌いなのは分かるが、私からすると、それでは勧善懲悪的で、納得がいかない。

 

そこまで差別待遇するのなら、カルトや米系勢力に私も言いたいことがある。

 

私は、かつて肛門性交をしたが、されたことはない。それが何か詳しくは知らずにいたが、ポルノでなんとなく知っていたので、興味を覚えたのだ。原因は、ペニスにコンプレックスがあったので、舐めまわしたり普通じゃないことをしないと女性に相手にされないかも知れないと言う強迫観念があったからだ。

 

そのころ、私は、性的に未熟で、フォアダイスとか、陰茎脂肪種とか包皮脂肪種と言うモノに悩んでいた。それが原因で、奥手だったので、青年期には、いじけてSMのエロ本など読んでいたので、その時は、そういう路線だったのだ。

 

3歳か4歳ころ、私は貧乏だったので、一戸建て志向のアパートに住んでいた。庭付きだが、トイレは汲み取り式だし、風呂は五右衛門風呂。湯は外の窯に薪をくべないと温まらない。独立洗面台はなく、洗面台は風呂場の中にあった。しかも風呂場のタイルの目地にはヒビが入っていて、時々、アリが侵入してきていたので、ある時、間違って一匹、食べてしまった。味は、すっぱくてブドウの皮に少し似ているな、と思ったのを覚えている。

 

それから数か月か、数日の後、包皮に脂肪種が出来ていたのを一人でふろに入っている時に発見した。1ミリ程度だったが、ひどく驚いたのを覚えている。アリを食べたのと関係があるかは分からない。

 

以来、気にして、まだ、性について何も知らないにもかかわらず、軽い漠然とした不安の中にいた。

 

親に聞いてみると、予想外に気持ち悪がってしまった。たった一ミリや二ミリでも!

 

将来はオカマになるかも知れないと父は落胆し、しまいには後日、東京にオカマ捨ててやる、とか言い出した笑。

 

そんな成り行きで、地方から東京へ引っ越してきた私だが、理由は親戚に金が入ったからだ。他にも私の中ではトラブルがいくつかあって悩みはあったが、とにかく、父の落胆やその他の会話を傍で聞いて、私は、酷い挫折を味わった。

 

幼少期の記憶は断片的で覚束ないが、アリを食べたのと、脂肪種が出来たのだけは、3,4歳ごろのはずだと記憶している。3歳だと思いたいのだが、心理学の本を読むと、3歳半くらいからじゃないと、普通は覚えていないらしいので、自分はそんなに記憶力が良いのかとためらってしまうのだ。

 

結局、手短に言うと、この症状は、完全に先天的とは言い難いが、そういう体質と言えば、遺伝なのかな?みたいなことだと説明しておきたい。

 

で、それから歳月は過ぎて、中学2年生の頃、オナニーして眠りこけたり不潔にしていたからか、はっと気がついたら、亀頭のカリの周りにフォアダイスとか言うモノか何かが出来ていた(これも脂肪の塊らしい)。

 

まぁ、どれも目の周りにできるぶつぶつに非常にそっくりなものだが、美観は良くない。私の場合、目の周りには無いけど(こっちは角質が原因らしい)。

 

その頃、周囲に盗聴していることを匂わせる級友もいたが、込み入って来るのでここではその話はしない。

 

それで高校にもなると、包皮の脂肪種が、だんだん3ミリ前後に大きくなっていた。それで件のいじけたSMの本を読んでいるような青年期を過ごしたのだが・・・つまり、ペニスの美観を損ねているので、将来の相手であるような女性は不満だろうから、舐めたりだとか普通人がしないことをすればいいのかな、と、ベッドの中で一人で妄想していた。

 

しかし、舐めればいいだろうとか、思いついたのは小学生だった。小学校低学年(?)の頃に、すでに女の子の肛門を舐めたらどうなるだろうか?とか考えたことが明らかに記憶にある。しかも、当時はまだセックスと言うモノすら正確な知識がない状態で。ポルノなんて、いつも見れるものじゃない時代。近所のアパートのゴミ捨て場の週刊誌をあさったら、たまにヌード写真が見れる程度。家にはそう言うものを置く習慣は無かった。

 

それで、そんなだからいい年になっても性交をする気が起こらなくて、振られるばかりだから、いい加減に嫌になって包茎手術をしたんだが、この時、陰茎脂肪種を一緒に切除すると言うことで、通常より2、3センチ近く包皮を余分に短く切ってしまったので、結構、壮絶な跡になった。傷跡は、15年は消えなかったが、それまでに何人か経験してしまった。

 

やってもやるだけコンプレックスがつのるくらい傷跡があってどこか楽しくない。包皮を切り過ぎていて、性感帯が少なくなっているので、長時間、全身前後運動してしまったり、意味が分からなくなりかける(手術自体は、目的にかなっていて医師の技術自体は平均点以上だろう。後に他の人のも見たが、適切に亀頭直下にラインを作っていたが、これも完全に分からなくなるほど消えるのには10年かな、と思ったので、馬鹿馬鹿しい、と思った)。

 

つき合う女は、失敗したと思うからか、絶対、私のペニスについては、褒めるようなことはない。私もそれは分かるので、何だか持続してつなぎ留めておく自信がない。

 

それで次第に怒りっぽくなって、最初は抑うつ状態になった。統合失調症になったのは、すったもんだしてハロペリドール系の薬を7年くらい飲まされて、それが嫌で暴れていた状態に、音声送信などが加わって猛り狂ったところで、初めて、精神分裂病、と他院で診断された(本当は壮絶な脳機能の異常事態を経験した。冗談じゃなくマイクロ波を疑っている)。

 

それまでは、おそらく分裂病グループの病気だろう、としか言われなかった。しかし、この最初の医師もくわせもので、最悪の神経遮断薬(当時は薬の種類が少なかった)を親に持たせて食べ物に混ぜさせるので、不本意な敗北を方々で味わった。自分のせいではないのに、薬の副作用のせいで、のろま呼ばわりされ続けたのだ。しかも、本人はどうしてそんなになるのか分からないが、本来の自分じゃないと言う事だけは、強くわかる状態だ。

 

本当は、最初の医者がまったく認めない外国旅行の段階で、発狂していたのだが、この24年間、一度も日本では経験したことがないと言うくらい、池沼みたいな状態に壊れたので、周囲は、絶対に狂ってる!!!と怒鳴り散らして追い込んで来るから、その時の疲労も、15年くらい残った。(しかし、その後、他の患者と会っていると、一部の女性の患者に、私と似た喋り方の人を二人くらい発見したので、女性に感情移入しすぎた幼少期が原因だと自分なりに分かって来た。一人は知的に壊れた私だし、一人は、池沼みたいに壊れた私だった)

 

私の記憶によれば、かつて自衛隊員の息子が、私の周囲で”言葉の潜航魚雷”を放つすがら、(危機的状況下では)今までの人生で聞いた中で、一番ひどい罵りが出るはずだから、最初にそれを刷り込んでおけ、と言うことで、ケツ野郎!とか隣の友人に向かって怒鳴ったりし始めたのを、旅行先の陽性症状と思しき状態下で思い出し、私をその旅行先の外国に案内した少し強引な友人に向かって、宿泊していたアパートの一室でかつてのそれを多少オーバー目に再現したのだ。

 

肛門と口がつながった原生動物みたいにしてやろうか!!!とか、ヤツメウナギにするぞ!!!とか言っていた。今、2ちゃんねるなど見ていると、肛門と口が一緒になっているのは原生動物とは言わないらしいが、その時の勢いは、それを受容させたし、私もそう再現した笑。

 

他にも意味が分からないことを言い続けていたと思う。インド人がやばいだとか、京大のサル学がやばすぎる、だとか、元々は、その辺の人は何をするか分からない、と言う意味だったのかも知れないが、その時の私は、それに憑依して、イタリアを再侵略する勢いになっていた。いや、確かイタリアに原爆を落としたくて仕方がない、とか、発言したりした記憶もある。これは私が付け加えたものだった。

 

まぁ、分かり易く説明していくと、こういう事情を経た後のこと、やっと性交と言うものを出来るようになってみたら、ハードポルノまがいのことが平気な女ばかりに遭遇するので、だんだん発狂して、はては肛門性交までしてしまった。

 

それは、説明すれば、女性に対する復讐心そのもので、レイプ風や乱交モノのエロ動画的な悦びなのは間違いない。

 

しかし、小学生の段階で、脂肪種くらい切っておけば、今の様な人格にならずに、家庭すら持てたかもしれないと思う。なんでそれで性的マイノリティーだとか、内蔵奇形と一緒になって来るのか、ちょっと待てよ、と言う気持ちがある。

 

脂肪種なら、確かにそういう遺伝体質かも知れないが、完全に遺伝だけとは言い難い。環境因子も多分にある。

 

まぁ、性的マイノリティーを差別する気はないのだけど、普通に家庭を作れたのじゃないかな、と言う悔しさはあるから、どうしてもフェミニズムとか納得がいかない。

 

どうして、男性であるこの俺様のテムポの脂肪を2,3ミリ切り取るかするだけのことで、障碍者呼ばわりになって来るのか、気持ち悪いのは分かるが、障碍者呼ばわりは納得がいかない。幼少期の父や周囲の級友の発言からは、そういう奴が育てる子供なんて見たくないよね、と言う事だった(級友は下着泥棒のことを言っていたかもしれないが)。それでは男の中の男は育たないし、女の子だったら何か不幸が起きかねない、だとかもっともらしいことを言っていたと思う。

 

フェミニズムの言説では、外国の学者に肩入れして、国内の男性がギンメッキゴミグモよろしく潰されていくとしか思えない。

 

高校生だったか、予備校くらいだったか、すでにその恐れが漏洩している気配はあって、慶応かどこかにいそうな山口トビ風のヤクザを白くしたみたいな中年に、五体満足な奴にしか表現はさせたくない!と周囲で強くささやかれた経験もあった。つまり、お前の表現は、犯罪者か障碍者の表現だから、一般人に見せたくない、と言う意味だろう。

 

ある時は、予備校でか、肛門(野郎)の文化を日本文化に混入させたくない!とかのたまうカルトの女もいた(今考えると、文学なんて、菅原道真の時代から怪しいのに何言ってるのかな?とも、思う)。
 
まぁ、そんな風に、ねじ曲がった奴の表現からは、ねじ曲がった奴が再生産されるだけだから、お前に絵は描かせたくない、と言う仕打ちだったのだ。私はそれを理解していたから、ずっと抵抗していたが、もう、諦めた。
 
ポルノ漬けになってしまったり碌でもないし、絵自体つまらないし、障碍者になってまで絵など描きたくない。他にも素晴らしいことはあると分かるし、いつかまた、個人的にやるかも知れないが、まずは、この周囲のカルトや米系勢力と折り合いをつけてからだ。こいつらが、私に絵を描かせたくないのだから。まず、その清算をしなければならない。
 

で、思い返すと、そこに来て、すでにかつての外国旅行時に、アナルセックスをやらせてやるからお前は絵をやめろ、と言われたようなことを思い出すのだ。

 

お前の様な奴は碌なことしないから、先にそれを分からせてやるとかそんなことかもしれないが、では優生学的な観点がそれ程重要であるなら、精神分析などと言うものが世の中で治療効果があるかのように宣伝しないで欲しいものだ。いや、本当は、自我意識のドラマをよどみなく他人に説明できるくらい理解した時、大概、治っているか、投薬治療に興味なくなっているものなのだとは思うのだが。

 

結局、これではユダヤ系もキリスト教系もなく、みんな嘘ばかりだし、単に白人の発想って、大枠を緩く決めて、その中に水分的にピンポイントで精鋭集団を送り込み、全体を攪拌しつつだんだんこね合わせて行く小麦粉的発想ってだけだ。

 

ダビンチの時代から、水面上のインクが作るマーブル模様で占いをしているのだから、カオスだのフラクタルだのファジーだの揺らぎだの、考えてみれば粉体の力学とその周辺である。あれれ?これも環世界なんですかねぇ?

 

ちょっと意味不明のことを呟いたかも知れないが、泌尿器科医や皮膚科医に果ては精神科医までがこぞって詳しく説明もしようとしないような、話をさえぎられる症状で潰されるのは何でなのか?社会自体が、そんな風に小麦粉的に優生学的改良と言うのか、攪拌を行っているからだろうか、としか思えない、と言うことだ。

 

まったく治す気ないよねぇ?