のんびりPC(第2幕)

真実は自分だけが知っている

カルトのいる日常?民主主義の正体?

夕暮れ時に薬屋チェーンで買い物をしました。

 

Total1017円だったのですが、明らかに店員が1057円と言ったので、最終的に気を利かせて1062円出したのですが、まごつくので何だろうと思って、レジスターの表示パネルを覗くと1017円でした。

 

明らかに店員が、1057円と発声していたのです。それなのに、聴き間違いでしょ、と言わんばかりに困惑して見せる。

 

まぁ、40代ですからね。もう、14キロヘルツ以上はよく聴こえないですよ。だけど人の声なんて2キロくらいまででいいだろ。

 

早速本社に電話して苦情を述べたのですが、別に、この店員、この店に限らず、近所のスーパーでも、度々、やられています。

 

昔は、投薬量がきつくて対処できなかったので、スルーしていたのです。ただ、潜在意識下では怒りは蓄積し続けている。神経遮断薬はこう言うのを表面的には抑え込むので、どこかの乱暴な奴は、こう言う悪質なことをして、こちらの反応を常に確かめて笑っているのでしょうねぇ(かつて入院中、看護師でも、そんな人いました。本当に、いちいち訴えていられないくらい、あこぎなことばかり)。

 

まぁ、もう、10年以上続いていることなのですが、投薬量が減って来ると、やはり、今住んでいる街から出て行きたいとすら思うのが本音です。

 

総じて、屁をこきそうになったり、腹の調子が悪い時に、だいたい、起こっていることなので、もしかしたら、こう言う複合的ストレスによる気分のかく乱みたいなことが出来るようなタイミング制御技術とかテクノロジーがあるんだろうね。

 

怒りが限界点を超えると、神経遮断薬の効果と相まって、観念連合の弛緩、のようなことが起こります。これを統合失調症の症状だと日本では診断していますが、経験上、私はこれを信用していません。極度の怒りにより、我を忘れた状態のもっと酷い奴、つまり、自我崩壊が起きているのです。要は、ばらばらになるんですよ。

 

また、これは回復します。治っても、燃え尽き症候群みたいにやる気がなくなりますがね。ほぼ廃人に近いくらいのやる気の無さに一時期は陥るのじゃないかな。

 

白人の精神医療で一番信用できないと私が考えているのが、この自我崩壊の状態です。これが集団ストーカなどとの組み合わせで起こせると感じているからです。つまり見えない敵に音声送信などで痛めつけられ続けて、しまいにはお前がキチガイだから、とやられると、あまりの怒りに頭が壊れるんですよ。そこを神経遮断薬で判断停止させるから、自我に執着しないよう学習してしまう。これを受け入れると後は障碍者コースしかないです。

 

人間と言うのは、所詮、どこへでも移動できるかのようでいて、モルモットの様でもあり、そんなにお国を離れられないが、こんな仕打ちで好まざる人物を消すだけなのか、と愕然としますね。本当は、多くの人間がモルモットなら、国家って一部の精鋭か何かだけで運用上は十分なはずだ。そう考えると、不幸な境遇の人や、変な人は、やはり変な性癖に陥り易いのだから、最初から変なポルノばかり見せて潰したってかまわない、と言うような発想をするまでにそう時間はかからないだろう。

 

一度、変だとなれば、後はラベリング・セオリー通りですね。集団でチクチクいびる。

 

どうもそんな社会です。民主主義と言うのは、結局、そうやって運用しています。東京や神奈川、埼玉ではね。