のんびりPC(第2幕)

真実は自分だけが知っている

幻ビーカー破壊論1

チューリングマシンと言う話は、ノイマン型のシングルコアの話かな、とも思うのだが、私はこれを人間に当てはめて考えて、長らく自分を慰めてきた。

 

人間の脳は並列処理型だから違うとか、そう言うことでもなく、例えば能力の比較的に高かった若い頃の自分と、病後の自分、などなど。自己のチューリングマシン性について・・・以前と神経のロジック自体は変わってないでしょ、遺伝同じでしょ、と言う話。

 

前に述べた、精神状況の危機的事態にあって発達課題の未解決問題が回帰してくる(つまり幼児退行の一種)、と言う精神分析を援用したフランスの乳幼児精神医学の言説は強く支持しますが、はて、こうした記憶はどこに格納されていたのでしょうか?

 

私は、おそらく、右脳に未解決問題がプールされていて、危機的状況において全脳活性が起こって幼少期の記憶が回帰したのだと思います。件の無人島独りぼっちで全脳検索が起こると言う昭和時代の子供の言説と同じですね。

 

記述的記憶や宣言記憶というのも、これに似た効果を持ち、ウルトラ長期記憶、と言う別の分類が妥当なのではないか、と最近、着想するようになりました。降霊術と言うよりは良いかな。しかし、単なる静的記憶ではありません。思考形態の一種だと感じます。しかも、これらはステルスです。憑依した場合はこれに拠らないが、イメージなしも多い。

 

昔から気になっているのですよ。右脳的な動きをする東南アジアのボクサーだとか。難しいことをさして言わないのに何だか適当に良い文章を書いてしまう自分の親戚だとか。

 

要するに、とどのつまりは、精神分析の理論は、幼少期に焼き付けられたことが生涯持続する傾向があると言う意味で、成長期の特殊な循環を話題にしている点で非常に正しいが、ただし、そんなもので治療されたくない。

 

だって、右脳でも動いているし、身体でも量子効果を起こしているのに、どうして言語などと言う左脳活動に全部を押し込めないといけないのか、まったく理解できない。説教臭い(だって全部教えてくれる分け無いの明らかじゃん)。

 

しかも、現代の精神医療がそんな感じで精神分析を信用しておらず、神経遮断薬で思考の循環を遅れさせてホモになりにくくして、かつ、生活能力を狭量にし、センサー縛りにでもすればいいや的なイメージです。

 

そう言う意味では、医療機関が精神病患者に強いることとは逆に、現代社会はそもそも意識世界に傾斜した世界で、単純な長期記憶の能力が高い者が有利に見えます。

 

昔見たアメリカ映画の登場人物が、社会体制は人間の鋳型である、と言い放っていたのを強く覚えていますが、これに拠るのなら、現代の文明は、どこでも体制自体が両義性をうまく駆使して構築されているのだから、内部の人間は、両義性のいずれか一方に傾倒して決壊寸前の人格体があってもおかしくないのじゃないか?

 

伝統か現代か?あるいは、フランス革命か、全体主義か?何をあてはめても良いが、人間存在は、両義性の揺りかごの内部で矛盾的な自己を抱えた産物である可能性が高い。

 

ここからフロイトなどが、意識と無意識の揺りかごを想定していたとしてもおかしくないでしょう。実際は、脳の流体モデルと言われているが。無意識の対流といずれ防衛機制をかい潜って浮上するエス?快と不快で出来ていて抑圧のガス抜きとしての理論。

 

米系の左翼的なメディアは、この両義性のパズルの体制において、揺さぶり戻しの言論活動の自覚を持っている。そう言う風にも取れる発言を、昔、読んだことがある様な気がするが、もちろん多少飛躍しているかも知れない。

 

話は変わって、その昔、その人の周囲で、つまり背景トークで、その人が今望んでいるが我慢している内容を言い放ったり、あるいは、その行為を見せつける遊びをする人がいました。

 

例えば、たまたまある人がジュースの自動販売機を眺めていたら、先にその場でジュースを買って、深いため息をつきながら飲んでみせる、だとか。

 

その勢いで、例えば、今、気候的に暑いが正装をしなければならないとして、そう言う人の周りで、暑いなぁ、暑いなぁ、と喚きながらスケボー少年のような薄着で闊歩するだとか。

 

これね、しつこく高房の頃からやられていたよ(笑)。確か、ビーカー破壊、と言う言葉を聴いた気がするんだけどね・・・どうだっただろうか?

 

これはイラッと来るけど、精神的にはあんまり被害は無いね。今考えると。

 

顕著な例は、突然ひっくり返るジョークでしょ。

 

お前真面目にやれよ!

(ひゃーっほっほっほ!)

 

って数秒後に裏声で人格交代する。

 

・・・アメリカ人もビーカーが好きな証拠をいくつか発見しているよ(笑)。