のんびりPC(第2幕)

真実は自分だけが知っている

共産主義者の東京2

犯意など行為性を形成する一連の表象をバラバラにして遠巻きにターゲット周囲で散布。その行為性の意味するところの婉曲表現的な巨大な迂回路として見たストーリー。またそれらの断片化された割れ鏡としての個別の技芸の類。音楽、映画、等々。それらからの自によるサンプリング行為をもって心的な共鳴の意図を読み取り、当人への問題行動の自覚を迫る。ここにおいてはメディアのアバターを対象とした自己投射による憎悪や嫌悪感情の増幅過程が誘引され、またその効果が一度発見されれば繰り返し総括されるまで利用される可能性が存在する。

 

欲動の代替通貨としてのリビドー機能。またリビドー形成の動因やその学習過程としての誘発因子。子供が音楽いじめを受けた為にお勉強家ぶって、漢字に対して、また日本語に対して愛着が生じ、かえって文章を書くことに喜びを覚え始める等々。そこで音楽に対する屈折した感情を示すアバターを見せることで、自らの文章へ興味を抱いた過程を脱臼させ、かつ当人のそのアバターを対象とした自己嫌悪感情によって自ら文章への愛情をも粉砕させる等々。やがて当人はその体験を乗り越えようとして日本文化自体を相対化する視点へと昇華させるべく励む程になるが、それこそは富裕層や外国勢力の砦であり、音楽民族の支配する世界でもある。よって音楽ができないからお前は文章が駄目なのだ、との突き落としを受ける。ここで人生早初期の挫折に回帰する。

 

呂律があまりよろしくない手合いからは、よく喋る奴は嫌われる。一部の白人タイプもその代表?ネアンデルタール人の遺伝からか、時々、発話制御部や文法機能の発現が遅めの人もいると言う冗談がある。また実はバイリンガル母語以外は考えて喋っているので遅めに見える。そこでマシンガントークの南方的なエスニックはアメリカ人やロシア人タイプに潰されやすい???酒、音楽、スポーツ、女遊びにおいて、あらゆる格差を見せつけられて潰されるものだ。

 

我が家の惨状はだいたいこんな所から激化したと思う。若い頃の私は何でも早口でまくし立てて解決しようとし過ぎた(ラジオのDJに影響された程度だが)。しかし、絵については本当に追求していたので、私の場合は今になって救われている。脳の処理傾向から推論すると今までのブログのような結論に至ってくるからだ。私は現実逃避からロシア人タイプなどに接近しすぎて痛い目にあったのだろうか。本当にこりごりだが、まだまだ共存しなければならない誰かの為に残しておく。

 

<擬似的にクオリア因子の働きをする副次的な神経群における代替形成物としてのリビドーと、それを指示する容器としての”リビドー”と言う可能性の推論(パブロフの犬のよだれ?)>

 

ある種の感覚の原野における赤の赤性的なクオリアとも呼ぶべき感覚の質感。

 

こうした内容そのものでなくとも、そのフレーム的なある種の概念担体。あるいはその容器としての単語群とも近しいその様な抽象性。構造や機能の投影された―その構造や機能自体の客体化の産物としての空の容器的な二次的形成過程。

 

これらを内側と外側として、その内と外における空虚な神経発火の連続体として記述される系の時間発展。

 

シニフィエシニフィアンパロール

図?(主)→ 地?(客)→ 時間発展?(主客合一)

クオリア→ゼスチャー→ストーリー(語り得る自己?)

 

<原子語としてのクオリアと言う疑問>

それ以上分割できない意味の単位としての原子語は存在しないが、それ以上分割できない感覚の最小単位はあるのだろうか?

 

全ての感覚は全体の中の一部。その感覚群の組み合わせは無限であろう。しかし、では原子爆弾による熱線放射に包まれた場合、自己の感覚の質感が生じせしめるであろうか?これは地球脳理屈でいえば個人にとって真に主客合一の全球消失である。

 

私自身の感慨では、寒い雨の日の痛い、と暑い晴れの日の最中の痛い、は違うと思う。追求すれば、その分割単位は、素粒子レベルかそれ以上?魂の問題がそこにあるのだろうか?

 

細かく見ても大きく見ても神経系は同じ3ステップで大体くくれるのじゃないのかなぁ?と言う単純な発想から生じた本日の妄想でした(笑)。上記の音楽民族との戦いは、また音楽そのものではなく、英語、などに置き換えても言えるかなぁ。

  

起動戦士ガンダムの初代のOP曲を当時の放映画像の動画で見ると、良いですよ。スペース・コロニーが墜落したか核爆発の音の後に、何と地球が明滅します。赤と青じゃないですが、おお、ポケモン・エフェクトの走りか?と驚きます。それであの、燃え上がれ~燃え上がれ~♪ 2017/04/01