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のんびりPC(第2幕)

真実は自分だけが知っている

はじめに言語から決定しない生き方

例えば、阿鼻叫喚の地獄図絵とも表現できるような光景の中で度々現れるゼスチャーと言うものについて。

 

これを読んでいる誰かは、極限的な情動の沸騰状態、またその数歩手前の情勢、そのような中でしばしば使用される顔の表情と言うものに興味はお有りだろうか?(これはまったく私の想像の世界なので、現実にその様な過酷な世界を生き抜いた方がいたら、まったく違っていて立腹させるかも知れない、と最初に断っておきます。)

 

人類の持つ大きな眼球は、おそらく社会的な進化の証である。600万年からそれ以上と言われる類人猿の段階にまで遡れば、そもそもその頃の人類には黒目しかなかったと言う説もあるそうだ。(これは”目ディア”と言うサイトをチラ見して勝手に書いてます。ゴメンナサイ)

 

よってここに、我々の好む大きな眼は、そも文明社会の淘汰圧が生んだ(人類社会集団の中でのみ特に機能性の高い)器官なのかも知れない、と疑うことが可能な余地がある、と言えまいか。

 

また、こうして人類文明の初期段階では、大きな眼が出現したとも考え得る。(あるいは、そう言う戦略で西洋文明は今まで展開してきたのかも知れない。)

 

シュメールの彫像のように。

(また、これにより、この時代に自閉症が頻出したと仮説を立てて見ることは無謀だろうか?またその間引き機能としての生贄教の線も。)

 

ところでいつだったか、モンゴロイドは子供でしょ、と言う音声送信、もしくは幻聴を聴いた事がありますが、笑止。人類同士の争いに最適化された結果が大きな眼だと少なくとも一度くらいは考えるべきだ。

 

さて、我々は極少ない体積の脳の部位において、暴力と性愛の機能の内のいくらかを共有することは以前に喚起しておいた。

 

近日私が見たヒキガエルともなれば、4カップルズが誰かの家の庭に溜まる小池で番っていた。お互いのパートナーは専属契約のようですが、場の空気は複数で共有されていて、脳機能のバウンダリーは緩くもそこかしこで愛の交歓が見られた。

 

まぁ、下等な両生類ではあるが、ここから狩猟を生存の方法や目的とする傾向のある哺乳動物の基本的な特性が推論できないかと思うのだ。(毎度、無理矢理ながら。)

 

つまり、暴力や性愛と言った、この爬虫類の脳により近い部位において処理されることは、両生類ではあるが、カエルの子作りパーティー程度のケジメしか期待できないのではないか?と言うこと。

 

そうであれば話は早いのだ。闘争を目的とする限り、群れのリーダーが必要で、それはかつて、そして現代でも、小規模な集団であればある程、その人物の能力や魅力が大事だが、より大きな社会組織、それこそ文明レベルの人類規模ともなれば、一神教が幅を利かせるのは、分からなくも無いということだ。

 

そして理想上の人類社会は、封建制や独裁ではあってはならないが、十分、恐怖も大事な統制の為のブレーキであるだろうと言うこと。

 

宗教の進化史的な理由付けについて書いた本を以前に図書館で読みましたが、勝手に紹介するといけないでしょうが、だいたい、戦時などに一致協力することに一因があるだろうと言うようなことが歴史的に述べてあった気がするね。

 

こう言うわけだから、どこかの左翼かyoutube動画みたいに天皇制が西洋の一神教などを参考に再発明した傀儡の偶像に過ぎないだとか言われても、はいそうですか、じゃぁ、明日から共産党ですね、とはならない訳です(笑)。あくまで私の知能においてはですが。

 

しかし、よく見えない世界情勢です。某独裁国家は、真空たつ巻の研究として、スカッド・ミサイルなどを少しづつずらして発射する実験をしている模様です(と私は夢の中で思った)。一斉に横一列で発射すると真空のつむじ風が起きて、見ている人の頭でも吹っ飛ぶのでしょうか?(本日も、我々は救われた。)