のんびりPC(第2幕)

真実は自分だけが知っている

2値化・3値化(その3)

で、3値化の説明をする。しないと中途半端だから。私は健常者だが、そう認めない人が、その様な知性において疑わしき人物が無理して絵描きのふりをしている、とまで罵る勢いだったので。そして歴史時代の宗教絵画を絶賛しろと迫りそうで怖い。特に明治学院大学社会学部。

 

日本の伝統技術の一つ料紙、において、文字と図柄を融合する技術。

 

実は、3値化は、このアレンジです。いや、その可能性が高いとしても良いものだ。どのように理解しても良いが、歴史時代の名品にならってやると楽しいだろう。

 

 

そこにどのような原理が認められるかは、線のバルールや線のグラフィズムなどを理解しないと、感性的に瞬時に必要なところを強調したり出来ない。それはデッサンすれば納得されもする。

 

そこで、納得し始めたら、まず、ある図形と文字とをその位置関係において、重ねるか、接近させるか、離すか、の3通りに分類して整理しようと言うもので、その解釈をとっかかりとして、もっと高度化した構成の世界を探求する足がかりとすべき、と言うものだ。歴史時代の料紙では図と地の多重性が簡単に過ぎるものもある。これは絵画としては物足りない。

 

そしてこれに特に、重ねる接近させる、離す、などの時は遠望して小窓や視錐を知覚交替のアグリゲイト的にコンバインして、カラー・スポットとカラー・スポットを跨いで縦横無尽に駆けるドローイング的なものにすると言うアイデアだろうね。

 

もちろん、これも平面の張力との兼ね合いでダブルモード視だ。空間性ではなく、平面のテンションの為にも配分される。そして特に、図形の中における文字、などは対象のイリュージョンや立体性もさることながら、これもテンションで見て煩ければ置かない、などの配慮がされるでしょう。外周にある同じ色の斑点との兼ね合いで。構成されもし、ギャラクシーでもあり、視線を誘導する痕跡でもあり、点・線・面と言うか点と面は同じもののフォーカスで、カラースポットとドローイングしかないのだろうね。

 

こうなると、すこし、ほにょほにょし易い、などの構成上の難点、見た感じが弱くなりもする、表面的な仕事になり易い、などの欠点が浮かぶ。

 

これを解消する手段としては、近日、初めて幻聴が絵の話を囁きましたことには、ダブルトーンにしろだって。こないだネットで見た画家のドローイングの現実的な解釈かな?あのレイヤーをずらして重ねたみたいな影をつけたパターン風の、あんな二重模様にすれば、必ずしも抜けない。弱くホニョホニョしない。そうですよ。確かに、その様なダブル・レイヤー・トーンにすれば、頑健そうだ。

 

これとの構成ともなると、普通の半抽象・半具象画でオールオーバーを実現できるか?と言う問題にもなるね。広い面積に対してドット風の細かい模様が入ったパターンを一律に塗るとすれば、その模様の細かいドットと、分割が更に細分化されたモチーフの形の際、隅っこ、特殊な細部の陰、の辺りの小色面は、お互いが同じ大きさに近づくでしょう。

 

これは構成上、融合しやすい。そのメイン・モチーフの隅っこの小さい部分と、広い机や壁面などの大面積を塗る最中の複数の小さい模様が同じ色などで関係しあえば。結局すべてに絶妙なレイヤーを被せているようだ。

 

しかし、具象画としては、物語性がどんどん排除されるのでしょうね。何でこの写真、こんな構図なの的な。

 

場所やアングルにこだわる写真家では物それ自体にこだわる画家とまったくもって質が異なりますが。画家は何を描いても、小品なら0.5ミリ単位で画面に責任を持ちたいと思っているはずだ。

 

私はそれで光については、レンズについてなど特に、キラリティにこだわりたくなったよ。

 

※適当すぎてまた修正。ボケてます。2017/5/26/8:40