のんびりPC(第2幕)

真実は自分だけが知っている

両義性の王国と”クレヨンしんちゃんイジメ”からの脱出

さて、私の場合は、以下によって学問も十分にオナ●ー的だと言う結論になりました。

再び両義性の詐術師が好む”精神分析学”の粒子性(貴族性)について - のんびりPC(第2幕)

 

つまり、学者は一緒にして欲しくないだろうが、芸術家だけが卑しいのではない。一人でコンテンツを囲う者はすべて排除されたりセンサー縛りにされる世の中で、半公人にされる勢いだ。(そうやって都民はカルト化されているのだろうかね?)

 

しかし、それでも、一部の美術愛好家が特に非難される理由を以下に考えた。

 

”無意識”と言うものは、抑圧されたものが沈潜している、とされているが、今これをここに、”次にあなたがしたいこと”、とスライドしてみる。抑圧は遠い将来、行動のバッチ処理スクリプトに、例え暴発的であれ、列挙される可能性が高いもので、”次にしたいこと”をまず我慢し続けてこそ抑圧が起こるのだ、と自分的には解釈できるから(本当は記憶の喪失を伴うもっと深刻な概念だが)。

 

そして、絵画は、その色彩において、その時の製作場所である部屋の色などの環境因子や、製作者の肌の色などの体質因子、又、その時の体調が強く関係する、と考えると、フロイト理論からすれば、豊穣な色彩は、奔放な性を表してもいようことが明らかなので、豊穣な色彩はすなわち、次にあなたがしたい性行為、そのものでもあり得る(笑)。

 

(どうも造型言語と言うのは、それくらい直接的なものである。)

 

こう言う事情だろうかね?

 

他にも考えてみたが、これは人種差別にも繋がりやすいだろうね。例えば、20年前の私は、一部の黄色い太陽を描く人のイラストよりは、社会体制は異なるが、13世紀の-中国の線描画に影響を受けた-イスラムの彩色画が興味あったりした。

 

(あちこちが戦時なので、現在は別にそれ程強くも主張しないが、どちらかと言えば、私は有色系白人の方が近い色感なのではないかと疑っている。)

 

以前の私の考えからも、人類は、後になればなるほど、ミュータントが生まれて来る可能性が高いので、歴史時代のものは、まだ色材が開発されていない為に素朴だが、しかし、その民族などの遺伝的傾向がよく出ているのだろうと思うので。

 

こう言う事情で、絵の話をされると、色感はカトリック圏の近傍のはずなのに、政治や経済はユダヤ系が優位で、葛藤するのだな、と分かって来る。

 

ここに集団ストーカが重なっている。色感が(ロシア含む)大陸と東南アジアの挟み撃ちとかそんな感じに付け込んで。

 

性でトラブルを起したことがある人は、絵を描くと、イジメられたらこう言う事情で、だいたい、絵の批判が宗教や人格否定、もっと言うと、チ●ポ、やマ●コの(あるいは●クビの)色を否定された気分になるのだろうね(笑)。

 

まぁ、私に起きていたのは、こう言うカルト等の嫌がらせだと思う。後年、そのようになって来たとは言え、ヤクザのチン商売でしょう。

 

※”クレヨンしんちゃん”はアニメですが、私の育った地域では、池沼の別称でもあり得る要素を多分に含みます。私はすでに、美術系や社会学系とすべて縁を切ったので。以後、趣味としては、彫刻や自然科学にしか眼を向けない。